牧師紹介

主任牧師

飯塚光喜(いいづか・みつよし)

1929年 福島県耶麻郡堂島村生まれ
1951年 労働災害によって失明する
1953年 日本基督教団千歳船橋教会にて受洗
1959年 日本聖書神学校卒業
1961年 ベテスダ奉仕女母の家の経営する婦人保護施設 (泉寮)に勤務
1985年 日本基督教団紅葉坂教会に朗読ボランティアグループ(もみじの会)発足
1986年4月 藤沢ベテル伝道所設立
1986年より神奈川教区社会福祉小委員会に関わる
現在に至る

主任牧師あいさつ

私は日本基督教団藤沢ベテル伝道所の主任牧師の飯塚でございます。
本伝道所は生まれが勇ましい形で出来上がったわけではなく、たまたま行き場を失った人たちの声がかりがあって、何とか集まって安心して信仰生活ができるところはないかなという声を聴いたものですから、小さな家庭集会を始めました。

それから30数年になるわけですけれど、時にはこの教会はどう見ても教会らしくない、ぐずぐず、ごちゃごちゃしていてしまりがないというご批判もいただいているわけですけれども、そもそも教会は形や形式や様式が決められたものが教会だとは、私は思わないわけです。
それはなぜかというと、イエスの姿を見てそう思うのです。

彼は律法的な生き方ができるものはともかく、できないものがいるという意識が彼を押して、ああいった働きをしているのだと思うのです。
要するに捨てられたもの、行き場を失っているもの、それから当然でない、あたりまえでないと思われているものをイエスは身を寄せてかかわってきたのがキリスト教の初めだったのではないか、と思うと、教会というのは必ずしも一方的に、形式的に決められたことをするというのはイエスの教会ではない、人間が人間同士あり方を秩序付けるために人間が工夫した者だろうと思うのです。
ですから、教会が教会らしくないというのは当然であろうと私は思っているわけです。

この歳になって相変わらずの伝道生活をしているわけですけども、最近年を取るにつれて捨てられた主のもとに生きるというのがだんだん自分の心を支配してくれているような気がするのです。
捨てられる、というのは捨てるものがいるから捨てられるし、捨てる時というのは価値を失っている、自分にとって必要が無くなっているというときに捨てるという行為に走るわけで、イエス時代にも捨てられたものとともになるときに、それはまた捨てられたものによってしか捨てられるものが共生できないということがこの福音ではないのかな、と思うわけです。

ですから、教会らしい教会ということよりも、教会らしくないところにむしろ福音があるのであって、福音が当たり前で当たり前の在り方をするのであれば、何も福音でなくってもいいわけで、当たり前にやればいいと思うわけです。
そういう意味でこの教会が建てられている一つの意味を持つだろうと、そして、捨てられたと思う人というか、価値を失ったと、奪われたという人たちが集まって、「私はこうだった」「ああだった」と言える解放された場所として、場所を提供できているということを私たちは誇りにしているので、ここに定着してああだ、こうだというよりも、ここを窓口といった教会であることが、私は一番望ましいことだろうと思ってやっています。

ですから、決して、少数者の集まりですから、大きな教会になるとか、限りなく人が集まるといったことを私は望んでいるのではく、1対1、2対1、3対1という形でこの伝道所が営まれていくことが最もふさわしく、そこにみじめさ、悲しさ、哀れさのなかにはじめて福音というものが意味を持つことであって、楽しいとき、愉快なとき、幸せなときは福音なんてなくったって自己満足できるわけだから、そういうことから捨てられたものの集まりとしての伝道所が、私たちの本来の目的として、これからもやっていきたいと思っていますので、皆さんのお祈りと同時にもう一度イエスの姿、イエスから受けるイエスの体臭のようなものを想像的に受け止めていける伝道所になりたいと思っております。
皆様のご加祷を心からお祈りしたいと思います。

ありがとうございます

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