2022年1月30日 礼拝「第1伝道の旅の終わり」(飯塚光喜牧師)

礼拝説教
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・タイトル:「第1伝道の旅の終わり」
・聖書箇所:使徒言行録 14章21節~28節
・担任教師:飯塚光喜 牧師

第1伝道の旅の終わり

ユダヤ教の模範であった使徒パウロが、イエスとの出会いに遭遇して回心し、キリストの弟子としての歩みを始めての第1回目の旅行の終止が、ただ今読んでいただいた中に書かれています。

2000年も昔の話ですから、どのようにして旅をされたのか、興味はありますけれども、おそらく、当時の社会では東の方はどこまで東なのか、おそらく地球が丸かったというのは、当時は考えられなかったと思いますので、果てしなく東と、果てしなく西とになっていたのだと思います。

しかも、おそらく当時は交通機関というのはなかったのではないか、馬に乗るかなどはあったのでしょうが、いまのように飛行機があったり、新幹線があったり、船があったり、汽車があったりということはなかったわけですから、その苦労は並大抵のことではなかったことでしょう。

そしてなぜパウロは東とか、西とかに視点を置いて活動したのかということも、考えなければならないと思うのです。

しかも旅行がどうであったかということをいくら詮索しても想像もつかないことですし、むしろ旅行の目的、本質、内容を考えることのほうが聖書的ではないかなと思ったりもしますから、あまり地名とか、旅先のいろんな話よりも、内容をご一緒に考えてみたいなと思います。

独善的な宗教

とにかく、当時はユダヤ教という独特の、あるいは独善的と言ってもいいような宗教があったわけです。

それが常に政治というものと関わり合って、戦い合って成り立っていた一つの宗教集団でした。

そこには神様と約束した律法というものがありました。

どうしようもないのです。

人間の力では変えることもできない、解釈することもできないものが律法というものでしたから。

律法に生きて律法に死ぬといわれるほどに律法というものは当時のユダヤ教にとっては命に勝る神様からの約束でした。

ユダヤ人は約束された人種と言ってもいいかもしれません。

これは我々異邦人には想像つかないことです。

例えば憲法にしろ、何にしろ、これは人間の創意によって出来上がったものですから、その相違が崩れれば憲法も崩れて作り直すことができるのです。

日本でも第2次世界大戦によって国が崩壊し。それまで守り続けてきた明治憲法が完全に崩壊して、新しい憲法が成立したのです。

しかし律法は、それを問題視すること自体がユダヤ教においては全く違うわけです。

それは神様から与えられた約束ではなくて、場合によっては戦争によって勝った国が負けた国を命令したものとしての憲法だからこそ、なんとなく下の方で呻きだしているというのが、憲法の宿命であり、律法とは全く違うのです。

この律法を破る、あるいは超えるということは、神様との約束を破るという犯罪行為になるわけです。

その神様というのは、律法を守るユダヤの人にとっては人種的、あるいは民族的に宿命化された神様との約束ですから、それを守ってきたことは世界一の人種であり、世界一神様から選ばれたという、絶対的なものを持っているのがユダヤ教の律法観だろうと思うのです。

ですから律法に模範的だったということは、パウロの言う通り誰からも汚されたり、避難されたりすることはなく、絶対権威と自称しても足りないくらいのものをユダヤの人は感じているわけです。

そのしるしは何だというと、旧約聖書で言えば割礼であり、それが神から選ばれたユダヤ人であり、ユダヤ人から認められたイスラエル民族であることの印なのです。

よくやくざ社会だとグループになると彫り物をしたりするのが日本の印でした。

そういうものを経てきたパウロは律法を踏みにじった、あるいはひっくり返した罪びととしてイエスを十字架にかけて殺してしまった。これは事実なわけです。

神との約束を破ったイエスは十字架にかけられて当然というのが、当時のユダヤ人の感覚だったのです。

パウロの目覚め

ところが、パウロにとって絶対的な律法が正しい、ということから、この律法では成し遂げられないものを成し遂げたイエスのありようというものに、パウロは目覚めるのです。

これを神学的に言うと、神様との約束よりも神様が作られたもののすべては律法を超えて神のものなんだということが、パウロの回心の価値の転倒だったのです。

露骨に言えば人は死んでも神様だけは生かせばいいということもあるのです。

これは戦争がそうだと言えます。

国民は死んでも、国の象徴たる天皇は死んではならない。

軍国主義というのはそういうものですね。

鉄砲を持とうが持つまいが、国民は犠牲になっても天皇は殺してはならない。

これはこどものころから受けてきた教育です。

天に変わりて不義を討つという軍歌があります。

これは小学校の頃はみんな歌っていましたし、兵を送るときも日の丸をかざしながら送った記憶があります。

小学校2年か3年のころ、洋服なんて着ている人は誰もいませんでしたから、流しの着物を着て、下駄を履くか草履を履くかをして青年が出征すると、手作りの日の丸をかざしてこの歌を歌って駅まで送ったものでした。

もう忘れられません。

そういうものだったのです。

これに似たようなものがユダヤ教の律法観にもあるような気がするのです。

それだけ誇りもあったのかもしれません。

だけども、ユダヤの人たちが自分たちにとって絶対的な神であるからこそ、悪はないというのです。

我々は正しい、義人だというのです。

これは宗教の持っている宿命的な哲学思想だと思うのです。

自分の宗教は絶対的だ、ほかの宗教は悪魔だと壁を作って、自分は正しい宗教を持つ者の一人なのだという意識を私たちは持っていると思うのです。

そういうものとの戦いが、パウロのイエスとの出会いによって、キリスト教と言わないまでも、正しくないものとして殺されてしまったイエスこそが、実は神を殺したのではなく、殺したはずの神との出会いを経験したパウロにとっては、自分たちの殺した神が救い主だったという錯覚を起こすほどに自分の気持ちが転倒したということだと思うのです。

そういうことからすると、福音を伝道するということは苦しみというものを経なければならないのだということになるのだと思います。

苦しみを経ての福音

これは私はとても大切なことだと思うのです。

苦しみとは何か、苦労することなのだろうか。

教会が大きくならないといった失望感を我々伝道者は持ちやすいものです。

ですから仲間同士が集まると信徒さんが増えたなどと言ったことを誇りのように語られるのです。

しかしパウロは決してそうではありませんでした。

こんな事を言うといろいろと文句が出たりもしますが、人間はどうでもいい、神様だけが神であってくれればいいというあり方が、間違っているとは思わない。

神様だけが大事なんだという、神様がいったいどうだったのかということの考えなしに神中心的なことをするのはどうなのかと思うのです。

そこには排他性が生まれるのではないかと思います。

パウロはそれに気づいたのか、彼はそのことのために開いてはならない門を開いた。

それが異邦人伝道であった。

それは当時の律法主義に凝り固まったユダヤ教の人たちに言わせると、これは完全に神様に対する違反であり、犯罪であったのです。

彼等にとっては、神の名によって割礼を受けたものだけが律法にかなう神の約束の子供であって、それ以外のものは神様から除外される宿命なのだという言い方になるものでした。

皆さんお読みになるかわかりませんが、最近評判になっているヨブ記の評論もそうですが、結局ヨブは運がよかったというのです。

運命論的に読んでしまえばヨブ記をドブに捨てたようなものだと思われてなりません。

パウロの伝道の本質

おそらくパウロはユダヤの律法主義がパウロにとって間違いを作るということではなく、その律法主義の持っている神信仰は、そこから排除されている人たち、割礼を受けていない人たちに対する絶対という壁を打ち破るということが、パウロの業績であり、信仰であり、神学ではなかったかと思うのです。

だから喜ぶことのないものに喜びをというパウロの神学は、異邦人伝道という形で律法の壁を破って扉を開いたと、自分の旅行記の中で体験したことを弟子たちにしゃべって、そしてそれぞれの教会が教会として形作られていくのが、今まで自分のやっていたことを主から委ねられたものとして、教会に委ねられたこと。

それがパウロの異邦人伝道の実績ではなかったか。

そんなことを考えながら、現代に生きる我々がこの洗礼と聖餐というしるしを絶対化した時に何が起こるかというと、洗礼や聖餐の律法化なのです。

赤と白、右と左などという区別が、その宗教の独善性を保持しようとすると同時に、そのことによって排除されるものを作り出すということになるのです。

別に排除されたものはほかのものによって作り出されたわけではありません。

律法を授けてくださった神が創り主である以上、律法化してそれを区別することは福音ではないのだというのが、パウロの信仰ではなかったか。

こういった疑問を私たちは問いかけながら福音伝道というものを進めていかないと、最後にはキリスト教も孤立してしまうように思うのです。

孤立は自分たちが招き入れたのではなく、神様が孤立させたわけではありません。

私たちが孤立させることにより、キリスト教はやがて滅びゆく宗教になるのです。

神の国の世界ではなく、滅びの世界を招きこんでいく私たちの責任の重さというものを、今一度パウロの言う、救いの外側にある、排除されたものとの区別を取り除く門出としての伝道活動を、本当に私たちは進めていかなければ、それは福音とはいえず、律法でしかないということを、パウロは苦しみを経なければならないんだという意味性を、私たちは新しい年を迎え、しかもコロナという不安な世界において、私たちはいま一度、パウロの業績などに立ち返って伝道の道を進んでいきたいと、私は思う次第であります。

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