2021年8月15日 礼拝「ペテロからの報告」(飯塚光喜牧師)

礼拝説教
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・タイトル:「ペテロからの報告」
・聖書箇所:使徒言行録 11章1節~18節
・担任教師:飯塚光喜 牧師

大東亜戦争76年目の8月15日

今朝はくしくも大東亜戦争が終わって76年の8月15日となっております。

76年前の話ですから、おそらく当時を体験された方たちは残り少ないというか、この場所にはうっすら経験された人は私一人と、寂しいような今更当時のことをお話してもなんとなく虚しさというか、力の入らない感じがします。

ラジオにしろテレビにしろ、戦争中、戦後色々なことが取り上げられ、いろいろと放送されてはいますが、どなたの方の話を聞いていても、虚しさというか、そんな感じがしてならないのです。

なぜそうなのか。

時間が立ってしまったから、記憶が薄らいでしまったからということもあるかもしれませんが。やはり終戦というか、敗戦のショックは本当に経験した者でなければわからない、空虚感というか、みなさんご存じか知りませんが、野球のボールの表の皮を剥いてしまって投げられもしない弾まない状況にしたのと同じような感覚がしてならないのです。

大東亜戦争が始まった頃、私は小学校6年生でした。

昔は小学校6年を卒業すると一部のものは中学校などに受験をして進学します。

私の学校は本当に田舎の学校ですから、周りはみんな田んぼで、全員農家の子どもたちでした。

学校を卒業したら後をつぐという人が99%だった、そのなかから何人かの者が中学校や女学校に進学したのです。

私のクラスでは1クラスしかありませんでしたが、45人いたわけです。

その中で中学校受験をしたのは5人でした。

ですから、大東亜戦争の始まった12月のころは受験勉強をしていたころでした。

翌年昭和17年に受験をして、一部の者は中学校に、女学校にと進学していきました。

ところが中学校3年生になると中学生も女学生も授業を放棄して、学校には足を向かなくて、近くにある軍事工場、私たちは火薬や爆薬を作る会社に働くようにさせられたわけです。

田舎ですから電車はありませんから、蒸気機関車で通ったわけです。

ですから3年生以上は男は男、女学生は女学生で働かされたわけです。

ちなみに当時月々25円の給料をもらっていたわけです。

そして25円の給料のうち10円は学校へおさめ、15円は私たちがもらっていました。

それから交通費は会社もちでした。

ですから、毎月15円のお小遣いがもらえていました。

ところが、街に行っても食堂があるわけではなく、ものもありませんから、使うこともしないままにある人は貯金するなどと、色々なことをしていました。

会社の方も火薬を作る会社ですから、どうしても薬品を使う会社ですから、どうしても薬品公害といったものがあったのですが、そんなことはどうでもよかったのです。

会社の中にいつも不思議だと眺めていた光景は、日本人がする仕事と、徴用工として連れてこられた朝鮮の方とおんなじ仕事でありながら、朝鮮の方のする仕事と、日本人のやる仕事が区別されていました。

それがとても不思議でした。

なぜそうだったのかは解りませんでしたけれども。

例えば日本人は石炭を運ぶときに石炭を運びます。

石炭ですから風が吹いても埃が舞うことはありません。

ところが朝鮮の方はその石炭を燃やし燃えカスをトロッコに詰めて運ばされていました。

そのため、たまに風が吹くと吹き飛ぶのです。

それを朝鮮の方々はかぶって、それでも仕事をさせられていたのです。

私にとってはとても不思議で、なぜこんなに日本人と朝鮮人が区別されなければならないのかと不思議に思わされていました。

最後にはいわゆる鉄砲を持たない海軍の兵隊たちが、戦争に行かないで軍事工場で働くという、これまた不思議な光景が終戦間際に起ったのを覚えているわけです。

そして8月15日はたしか日曜日だったと思います。

私は会社に行かないで家にいて、村の人が今日は大切なラジオ放送があるから聞け、と言われたのです。

しかしながらそのころラジオなんて持っている農家はほとんどいません。

持っていても聞こえないのです。

耳元にラジオをおいてダイヤルを回して、聞いた言葉が「忍び難きを忍び」という天んく陛下の声でした。

それしか聞こえないのです。あとは何を言っているのかわかりません。

しかし、なんとなく戦争が終わったのかなと思いました。

翌日会社に行ってみると、あの騒々しい会社がしーんと静まり返って、会社の広場に偉い人が並んで、中には泣いている人もいて、「終わったんだ」という言葉を聞き、しばらくの間残務整理をしていてたというわけです。

その日はとても暑い日でした。

とにかく暑い中、水道の音まで静まり返ってしまうような中、私たち友達数人で会社の外側にある雑木林の中をなんとなく歩いていたときに見つけたのが、1メーターほど伸びているものすごくきれいなキキョウの花でした。

その神々しさというか、なんといったらいいかわからない精神的なショックを受けて、根こそぎそのキキョウの花を取って家に帰っていきました。

ですから、終戦のとき、私の心を癒してくれたのは一厘のキキョウの花でした。7センチくらいのほんうにきれいな花を見つけたことが、終戦の頃の忘れられないものであったわけです。

そういうことがあって、学校に戻ったころには4年生後半でした。

ろくな勉強もしないままに。

そのあと、終戦を迎えて東京で生活するようになってからはいろいろ報道されるような出来事が毎日起こりました。

強盗、殺人。数限りない事件。

それこそ言えや兄弟を失った若い女性たちが街灯に立って自分の身体を売って生活するのが、あたりまえで、私は彼女たちを見て見ぬふりをするしか、彼女を見ることができませんでした。

そして車のおしりのトランクのある部分には薪を燃やしているのに比べて、アメリカの豪華な車と、自動小銃を抱えた兵隊がジープに乗って走り回っている状況を私は見たとき、戦争って何だろう、負けることってどういうことだろうと考えさせられました。

戦争は勝つためにあるのか

つい最近、本を読んでいて安倍内閣の内閣参与をしていた人が、なぜ日本の戦争は失敗したのかということを書いているわけですが、負ける戦争をしてはいけないと書いているわけです。

私はショックを受けました。

歴史を通じて負ける戦争をしてはいけない。

歴史を通して負けるような戦争をしてはいけないということを学びとったとすれば、どういう事でしょう。

戦争は勝つためにある。

勝つことのみに戦争するとすれば、それは失敗に終わるんだということを歴史から学び取らなければならないはずが、負ける戦争はしてはならないという言葉が出てくる、著者の本質のなかに、私は恐怖を感じました。

歴史はもちろんそういうことを学びとることもないということはありません。

しかし、せっかく学び取っても結論がそこに行くとすれば、やはり戦争を肯定することになると思うのです。

勝てる戦争はやってもいい、負ける戦争はやってはならない。

一方、彼はアメリカのルーサー・キングを取り上げ、インドのガンジーを取り上げ、ロシアのトルストイを取り上げているわけです。

ああいう人が日本の政治の裏方にいて、一刻の総理大臣にあれこれと注文を着けていたとすれば、日本の政治は決して憲法にのっとった平和主義民主国家の形成とは遠いものになってしまう。

キリストの勝利を叫ぶキリスト教を見て

私は以前からキリスト教については勝利するキリストとか、復活によって勝利するキリストとか、いろんな言い方をするわけですが、私は宗教に勝ったとか負けたとかという論理を持ち出したとき、もはや宗教の論理をなさない、少なくともキリスト教の意味をなさない。

信仰を賭け事のように、運よくばこうなるという信仰は信仰ではありません。

それは単なる自分の運命を賭け事として懸けたに過ぎない。

そして負けたものは損をする、勝ったものは得をする。

キリストの十字架というのものをそういうものとして捕らえ、判断基準として十字架を考えるときに、あの十字架にかけられているイエスは、今もなおかけられたままでいなければならない。あるいはかけっぱなしで無ければならないというキリスト教であってはならない。

わかりにくい使徒言行録

先ほど読んでいただいた使徒言行録は、分かりにくいのです。

あいまいで、どうなんだろうかと気がします。

もっとも小さな民族を救おうとしての神の出来事から始まって、しかし人それぞれあって、自分の仲間であり同じ民族であり、同じ人種であるイエスというひとりの人物を十字架にかけて殺してしまった。

死ぬべくして死んだのではない。

殺してしまった。

しかも十字架にかけて殺してしまったというこの出来事は、厳然とした歴史の事実であり、学びとるべきことだと思うのです。

そのキリストの仲間であったペテロという、最もイエスに信頼されたお弟子さんは、漁夫であったと言われていますから、自分の親兄弟を捨てて、放浪の旅に立つべきイエスの弟子であったわけです。

イエスはイエスでたくさんの兄弟の中で当時の世の中をみて、何とかしたいと燃えて当時叫ばれていたまことの道を生きようとして、ヨハネの教団に加わるわけです。

ヨハネ教団はきよめ派ですから、この世とは隔てた感じで存在していました。

イエスはそこに入り洗礼を受け、そして神の啓示を受けた。

お前は私のもっとも愛する子だ、と。

この言葉は誰に対しても言われたわけではなく、神の選びの啓示とされる言葉です。

もっとも愛することとして選ばれたイエスが、この世から分離したかたちで、自分たちだけが清い生活をするだけで私の愛する子としてのありようなのかと、恐らく疑問を持ったのです。

疑問を持ったがゆえにヨハネ教団を離れ、ヨハネ教団の外に出たのです。

言ってみれば「清め」から清められていない「不浄」の世界へと足を踏み込んでいった。

これは事実だと思います。

これが行ってみればイエスの運命だったのかもしれません。

殺されざるを得なかった、彼の人生なのかもしれません。

このことについては聖書を勉強された方であれば百も承知のことなので、私の口から語ることはありません。

使徒ペテロ

しかし、今読んでいただいた使徒言行録11章のなかでペテロという人物が出てくるのですが、どうも使徒言行録のなかで使徒ペテロは誰かと曖昧模糊として描かれているのです。

ペテロもまた、イエスを捨てた人です。

最も近いペテロが最も近くにいたイエスを捨てたのがペテロです。

そしてその捨てたペテロに聖霊が下り、神の力が働いて、復活したというのが出来事なのでs。

そうこうしているうちにイエスとは最も遠い人たち、ユダヤ人などとは全く無関係の人たちが、もしかするとあの十字架で殺されたイエスこそが私たちの救い主ではないかといううわさがユダヤ人以外にも広がって、もしかするとあの殺されたイエスこそ私たちの救い主になるのではないかという洞察力のようなものが外側に生まれ、動き始めるわけです。そしてイスラエルの人たちは出かけて行って、証拠調べのようなことをするわけです。

そこで色々な人たちと出会うわけです。

イエスを裏切った行為

エチオピアの人たちが神様を求めているといった色々な出来事があり、ペテロは神様のお使いとして遣わされて、そこでどうもペテロは自分がユダヤ教徒であることがいかにイエスを裏切る者かということに気づいたのではないか。

これは私の推測です。

でもなぜか。

神から捨てられたはずの異邦人が捨てた神を主とするということは、今まで自分たちは神から選ばれたものとして神に従うことを義としてきた自分たちが、そうでないものによって自分が捨てた者を神とするものの逆説的な反応が起こったということを、ペテロは自分の過ちに気づいて、その出来事を神の業として受け入れざるを得なくなったということが、ペテロの本心だったのではないかという気がするのです。

そうするとこのことによって私は神に対する義なるものとしての割礼というものは、どこまでも人間の営みとしてなされたことで合って、神の営みとは違うのではないか。

ここがユダヤ教の内部分裂が起こるのです。

そしてペテロの説教を聞いたユダヤ教徒、割礼を受けていた者たちが、割礼を受けていない者とともに食事をし、床を共にすることは、裏切りだと非難されたペテロは、割礼もまた人間の技でしかないものを超えて、聖霊の力はそれを取っ払うんだということによって、いままで割礼を守り続けてきたユダヤの人たちは沈黙してしまったのです。

これは納得して静まったのか、怒りを込めて黙りこくったのかの人たちと、神のなさったことなのだとペテロの神を賛美したのかの二つに別れたのだと思います。

これは一つの宗教改革だと思うのです。

神を賛美する者と、憤りを込めて黙りこくってしまうもの。

割礼は人の業である。

洗礼と割礼

そうすると割礼を持たなかった人たち、もともとユダヤ教徒でなかった人たちは別の方法で洗礼という、人間の子であるヨハネが行っていた洗礼を割礼の代わりとして、しるしとして洗礼を施した。

しかしこれも人間の業であって、神の業は洗礼をも乗り越えたものとして異邦人の外側の人たちが入ってはならない側に入れられていくようになったというのが、原始キリスト教の誕生の端緒になった

それは決して割礼とか、洗礼とかといった人間の業によって枠づけられることではなく、それらを全て超えてこそ喜びをともに与るという福音が、この割礼も洗礼も超えたところにあるものとして受け入れられていったのではないだろうか。

そういう意味で私はこう思うのです。

捨てる律法と拾う福音

捨てる律法と拾う福音。

これが、まさに原始キリスト教の端緒である。

それで福音に勝つものは何もないのだ。

それは喜べないものとともに喜び、泣くものは泣かせておくのではなく、共に泣く。

福音の力に与ることこそがまさに神のなさったことであって、悔い改めというのはむしろ律法によって人々を捨てる人たちも悔い改めると同時に、神の外側に置かれた人たちも同時に神の言葉を聞くことによって神の中に受け入れられていく、ということが、この原始キリスト教の宗教改革的な出来事がこの使徒言行録に記されているのではないかなと私は思わされています。

そういう意味で今日はくしくも終戦記念日ということではありますけれども、戦争は決して勝つとか負けるとか、戦争はそういうものなのかもしれませんが、キリスト教の十字架は、勝つとか、負けるとか、勝って得するとか損するとかではなくて、福音と生きるということが十字架の持つ本質的な意味合いなのではないのか。

私たちはその中に生きる意味を感じ取って行かなければならないのではいか。

それが良心的な信仰ではないのか。

私たちは決して動物的なものではない。

人間として、人格者として、神に似せて作られたものとしてのあり様は、まさにそこに愛あるのみだという風に思わされた次第であります。

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