2021年3月7日 礼拝「サウロの回心」(飯塚光喜牧師)

礼拝説教
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・タイトル:「サウロの回心」
・聖書箇所:使徒言行録 9章1節~9節
・担任教師:飯塚光喜 牧師

サマリー

使徒言行録のみどころの一つでもある、「サウロの回心」のエピソード。
これはサウロが天からの光に打たれて回心する物語です。
そこには棄てられたものに福音があることを感じさせるエッセンスが詰まっているのです。

当時のユダヤの民

このサウロの回心の物語は有名で、教会で信仰告白をしてクリスチャンの一員になる順序だてを学ぶときに考えさせられる部分なのです。
ここで区切りがつき、ここからサウロそのものではない物語に入っていきます。
そのことから山のようでもあり、谷のような場所でもあるのではないかと思うのです。
なぜかというと、キリスト教がイエスの死後形成されるわけですが、キリスト教を産んだユダヤ教が紀元後70年後にエルサレムを中心にしたユダヤ教は一時的ではありますが、この地上から抹殺させられるわけです。
それによりユダヤの民は一つの場所を持たない民となったわけです。
しかし、難民とされたユダヤの民は、心の中には選民としての高い意識は棄てなかったのだと思います。
選民意識は問題がないわけではありませんが、神であれば生きるための哲学であったわけでもありますから、捨てるわけではなかったのです。
そこにステファノという人物が出てきて、同胞であるユダヤの民が戻ってきたときにイエスという救い主についての歴史的な事実についての話をするのです。

怒れる正義の男、サウロ

当時若かったサウロはそれを疑問視していました。
彼にとっては殺しても殺しても収まらない相手であったでしょう。
正義感と自惚れから、ステファノの行動からは強い憎しみを感じたのであることも、想像に難くありません。
一方でフィリポという、ステファノと同じ境遇にあった人が救い主イエスを実感し、イエスと生きることを宣伝しました。
彼は棄てられたサマリア・ガリラヤまで出かけていき、キリストの福音を述べ伝えました。
そしてユダヤの民でない、皮膚の色も違う宦官までもキリストの福音を聞き、喜んでいます。

サウロはそのことがはらわたが煮えくり立つほど腹の立つことでした。
憎らしいものは小さいうちに潰すべき。
これが正義感なのではないかと思うのです。
罪というものは大きくなると手が付けられませんから、早く燃やしてしまうべきだというものは、今でも通用することでしょう。
このことを聞くと聖書の毒麦の物語が思い浮かびます。

サウロの思い

小さいころ、田んぼの中の稲を見ていますと、稲穂がついているのかわからない、稗というものがありました。稗は稲より少し硬そうな感じのするもので、花が咲くとそれが稗であることがわかるのです。
ところが稲も40センチ程度になると、稗を抜こうとして稲を抜いてしまうことがあり、難しさを感じていました。

イエスは田植えをしたことがあるかは解りませんが、こんなこともちゃんと解っていました。
恐らくイエスは田舎育ちなのではないか、といった想像をすると、とても身近な人物のように感じされるのです。
ところがサウロという人は学者で、ユダヤ教の倫理観についての善人の塊のような、出来上がった人物でしたから、ステファノの説教を聞いて殺気立って行くほどの怒りを感じたのです。
そしてサウロは自分の正当性を証明するための行動に出ます。

この第8章にはユダヤ人のしているキリスト教徒迫害に関して同意していたと書いてありますが、ある先生曰く、同意ではなく首謀者だったのだそうです。

そういったサウロがガリラヤからダマスコへ向かうのです。
ダマスコは真珠の都といわれるような大都市でした。
そこで彼は承認証を持って、自分の憎しみを相手を倒すことによって、自分の正当性を神の前に義としようとしていたのです。

ここを踏まえると、パウロの名著とされるローマ書の真意がわかるような気がするのです。
ローマ書はパウロの信仰告白ですし、どん底から立ち上がって頂点に達した姿が、使徒言行録のサウロとローマ書のパウロの信条というのがよくわかるような気がするのです。

そして彼はダマスコへと帰っていきます。
その途中、サウロは光を受けて地に伏したのです。

サウロの挫折

そこで「サウロ、なぜ迫害するのか」と、声があったのです。
この言葉は迫害されるものの怒りの言葉ではなく、呼びかけと書いてあります。
憎たらしいものに呼びかけなど、我々には出来そうにないと思います。
そこでサウロは「主よ、どなたですか」と応答します。
この「主」とは我々が言う「主イエス」といったものではなく、指導してきた人たちを「主」と呼んでいたというのです。
そうすると答えが「あなたの迫害しているイエスだ」というのです。
「あなたの迫害している相手はイエスなんだ」ということは、イエスをイエスと思っているいない人にはできないことです。

しかし、イエスはサウロにとっては歯ぎしりするほど腹の立つ相手ですから、そんな相手に主などというはずがありません。
ですから、はずのないところに追いやられてしまったのです。
そして彼は問いかけたとき、「あなたはダマスコに行きなさい。そこであなたはしなければならないことを告げられるでしょう」と言われるのです。

罰と福音

私はパウロとは比較にもならない存在かも知れませんが、ここを読むと苦しくなるのです。
それは敵であった自分が敵の手によって一切が奪われてしまうという体験なのです、
自分は神の名において完璧なまでに成長した人間が、神を神としない者を討伐した正義が完全に奪い去られてしまうのです。
つまり、自分の正しい働きが否定されてしまうのです。
そして彼は、見えないものになってしまいます。

見えない、ということが神の罰なのか。
見えなくさせられることで自分の正義までも否定されてしまうのか。
しかし、彼は見えなくされ、食べることもできなかったのは3日間だった。
4日目には元に戻ったでしょう。

この世の中に生まれてから死ぬまで陰府の世界と言えるような、見えないままで生きて死ぬような人たちが数限りなくいるのです。
それは神に歯向かったために、神の罰として見えなくされているのか。
サウロのような信仰があれば、わずか3日で元通りになれるのか。

私の経験からしても、私は天下国家をとるような大それたことを思ったことはありませんし、大きくない会社で勤めて、それでもいずれは出世して経営者になれるとも思ったことはありません。
自分の勤めた会社は人様が立てた会社ですし、自分が社長になれば乗っ取ったような気すらしてしまいます。
しかし、サウロは乗っ取ってでも敵を敵として戦ったのです。
一方で神は、そのサウロを自己否定してしてしまいます。

これがキリスト教というものの門に入る条件として、模範として、これを体験することがキリスト者であるというのならば、とうてい私などは汚れ切って神などを神とも考えたことがないものが自分の人生を否定するようなことが神の罰ではなくて恩寵なのであろうか。

棄てられたものの中にこそ福音がある

私はこのサウロの回心を読みつつ、パウロは世界一の使者となり、そうなるべくわずか3日間の空腹と暗黒で終わった一方、自分は何なのか、3日や4日ですむような人間じゃなかったのか、障害として神の罰を受け通さなければすまないほどのおのなのか。
自分が今やっていることの虚しさ、辛さを感じながらも、離れようとしない自分の弱さをこのサウロの回心の物語のなかに見えてならないのです。

あと何年生きるかわかりませんが、この年になってようやく棄てられたものとともに生きる自分を、ようやく味わいながら、それこそが福音なのだと思うのです。

「(飯塚)先生からは信仰のかけらも見えない、世俗的だ、だからこの伝道所は教会らしくなければ、教会らしくもない。こんな仕事をいつまでしているのですか」と言われます。
しかし、私は何かご褒美を当てにして牧師になったつもりは全くありません。
パウロが他国の人に会ったときには他国の人のように身を寄せることが福音の働きだと言いました。
これは彼自身の体験なのではないかと思うのです。
あの民族は、あの文化は、あのなんとかは否定されるべきだ、とパウロは語っていません。
正しかった自分を否定して、正しいものはひとりもいないんだと自己否定をすることによって、他者からの肯定を受けることが、サウロの回心だったのではないかと思うのです。

そういう意味からすると、まだまだ私などは罪深いパウロにもおよばぬほどだといったほうがまだ気が楽な存在だと告白し、先生から信仰を感じないと言われても、十字架の周りに群がってののしった民衆の姿や現実を、棄てられた側に立って初めて体験させられたと、今は感謝をして、その言葉に甘んじようと思うのです。
福音というのは決して尊敬されるものでも、誉められるものでもないのかもしれません。
それは棄てられたものの中にしか存在しないのだと、私は堅く信じているのです。

サウロの回心の物語は、私にとっては、胸の痛む思い出です。

ただここでダマスコへ行って、という言葉の「なすこと」というのは、使徒言行録22章、あるいは26章に描かれています。
いずれそこまで進んでいくことを楽しみにしつつ、その意味を自分の体験を交えつつ、「色塗り」をしていきたいと思う次第であります。

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