2021年2月7日 礼拝「サマリアで福音を語る」(飯塚光喜牧師)

礼拝説教
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・タイトル:「サマリアで福音を語る」
・聖書箇所:使徒言行録 8章14節~25節
・担任教師:飯塚光喜 牧師

内容

サマリー

エルサレムにいた使徒たちがサマリアの人々の評判を聞き、ペトロとヨハネを遣わした聖書箇所。
一見すると非常にわかりにくく感じられるところではありますが、ここには福音に至る大切なメッセージが隠されているのです。

使徒言行録8章とは

新約聖書の真ん中にある使徒言行録。
これはイエスが十字架にかけられて復活し、聖霊がくだったことから始まる聖書箇所です。
いわばキリスト教がどのようにして発展したのか、どういうことがあったのかについて書かれた部分です。
しかし、わかりにくいともいわれます。
すんなりと受け入れにくいのです。
皆さんはパウロの名前を聞いたことがあるかと思います。
キリスト教と言えばパウロ、と言われるような、キリスト教の中心人物のような存在です。
「パウロなしにキリスト教は存在しえなかった」とまで言われるほどです。
そんな彼が、この後出てきます。
その彼が出てくる前兆が、使徒言行録8章です。

キリスト教の歴史の中で、イエスの死後の混沌ののち、紀元50年ごろにパウロが現れます。
その間に20年の間隔があります。
その間にイエスが亡くなったことについて、なぜ亡くなったのか、なぜ殺されたのかなどについて疑問として、そして流言飛語として残り、伝えられてきたのです。

蹂躙の記憶

40、50と言えば第二次世界大戦は経験していないわけですが、経験している人もどんどん亡くなっています。
私は旧制中学4年生のころ終戦を迎えました。
当時は中学5年生まででしたが、そのころ私は4年生になったころでした。
そのころ戦争が終わるまでは、学校で勉強するよりも、働けるものは男女問わず働かされた時代で、私は当時田舎に住んでいましたが、近くの爆薬を作る会社にで働かされていました。

その工場は大量の電気を必要とする会社で、その電気を作る発電所からの電気を利用するために、山の中にありました。
また、そこは電気を使うと同時に、窯を燃やすために石炭も多く使う工場でした。
当時の私も違和感を覚えていたことなのですが、その石炭を運搬するためのトロッコにおいて、燃やさない石炭を運ぶのは日本人、しかも牛にひかせる一方で、ちょっとの風でも舞ってしまうような燃えカスを当時韓国から連れてこられた労働者に運ばせていました。
当時から私はおかしなことだと思っていました。
日本人は埃の舞わない石炭を牛で運ばせ、韓国からの人には埃の舞う燃えカスを、二人で押しながら運ばせる。
それが当時は当たり前ではありました。
やっぱり日本人は楽をして、朝鮮からの労働者はひどい目に遭って、いつも不満そうな顔をしてトロッコを押しているのです。
私たちはそれを見て見ぬふりをすることが出来ず、時々朝鮮の方々に配給のたばこを交換して手に入れたお米を隙をみてトロッコに入れていました。
すると韓国の人がそれを見てたばこを置いてくれるのです。

そういった時代の中で、悪いと知りながらやっていたことがあるのです。

しかしながら、都会のことを描いた人の小説を読むと、都会のことしか描かれておらず、歴史は半分のことしか伝えられないといった思いをしたものでした。

想像力を働かせてみる

イエスが亡くなって30年後、いわゆるエルサレム戦争が起こります。
その結果、完全にエルサレムを中心にしていたキリスト教の一派は崩壊して、放浪の旅をとなるわけです。
この結果、彼らは無国籍のような存在になるわけです。

我々はこのような経験まではしていないわけですが、無国籍、第二次世界大戦のときにも、中国残留孤児などでいたわけですが、悲惨さが相当なものです。

イエスの時代も、初期のキリスト教の歴史の中で目に余る出来事があったということなのです。
聖書は歴史書でもないですので、詳しい事実関係はありません。
ですが、想像力を働かせて、自分の頭の中で当時のエルサレムを中心とした場所や時間を、最大限の想像力をもって使徒言行録を読むと、本当に面白いといいますか、鳥肌の立つようなことさえも想像できるような悲惨で残酷な時代を経て、キリスト教が土着していったことが分かるのです。

迫害者サウロと使徒パウロ、そしてサマリア

当時のキリスト教は、ユダヤ教徒からすれば異端となるわけです。
だからこそ、なんとしてでもキリスト教をつぶさなければならないと考えていました。
その先頭に立ったのがのちにパウロと呼ばれるサウロでした。
彼は戦闘に立って迫害をしていくわけです。
そして大人も、子供も、男女も差別なく捕まえて牢獄につないでしまうのです。
そのために中にはサマリアに逃げていく人々もいました。

サマリアというのは、もともとはイスラエル民族の一族だったのですが、様々な事情で分裂し、サマリアという国を作りました。
サマリアもユダヤの人々と同じように、聖書の中で言えば創成期から申命記まで、モーセ5書は聖書として読んでいたのですが、ユダヤ教の人々から言わせると「裏切り者」と蔑視されて区別されてきたひとびとでありました。

そこへエルサレムを中心としていたユダヤの人々が、パウロという意外な人物によって散らされて、逃げていった場所がサマリアでした。
そこですでにエルサレムから逃げてきた人たちの一派がサマリアに入ってきて、キリスト教の伝道を始めた。

そして続々と信仰告白をして、洗礼を受けたといわれています。

聖霊を受けた実感

ここで我々には分らない部分が出てきます。
洗礼を受けたのだけれども、キリストの名によって洗礼を受けただけであって、彼らは聖霊を受けていなかったという言い方をしています。
皆さんは洗礼を受けるとき、「父、子、聖霊の名において洗礼を授ける」と言われたのではないでしょうか?
その時に聖霊を受けた、受けなかったという実感は持てたでしょうか?
私は不信仰な人間でしたから、そのような実感はありません。
聖霊が下った、聖霊を受けたということ。
もちろん、聖霊をどう理解するかによってさまざまかとは思いますが、サマリアの人はいわばエルサレムの外側にいた人たち、外国にいた人たちでした。
その外国の人たちが、内側にあるエルサレム人を中心とするキリスト教徒ではない人たちが、サマリアで洗礼を授けたということです。

しかし、それはエルサレムの権威を抜きにした単なる儀式として洗礼を授けたという行為に対して、エルサレムを守り続けていた、聖霊降臨のさいに聖霊を受けたペテロとヨハネが、改めてサマリアに入って、フィリポが授けた洗礼を確認するということをするわけです。
ですから、ペテロとヨハネはサマリアに赴くのですが、この人たちがフィリポによって受けた洗礼をもう一度やり直した、ということは書いていません。
聖霊を受けるようにと祈って、洗礼を受けた人たちの頭に手を置いて祈った、というだけなのです。

そうするとキリストの名によって洗礼を受けただけではだめだ、ということになるのです。
このあたりが曖昧模糊といいますか、わかりにくいのが想像できるわけです。

しかもフィリポはいたるところで洗礼を授けるのですが、ペテロとヨハネはサマリアから帰ってきてしまいます。
そうするとフィリポがやったのか、ということもはっきり書かれていない。
そして誰も聖霊を受けていなかったから、すべての人たちに手を置いて祈って聖霊がくだったとなると、その人たちが洗礼をしたことになるのか、という疑問も起こってきます。

ここはキリスト教を学ぶ人たちにとっては難関ともいえる場所です。
だから、そこへ神だといわれるようなシモンが現れて、「俺も聖霊の洗礼を受ける力を持っているのだから、ただもらうわけにはいかない」と代わろうとしたら断られた。
そうすると、「偉大な魔術師」という言葉の、「偉大さ」という言葉を神と結び付けているシモンの、とある人々の聖霊を授受するということの、神ということに、私たちはここではっきりと学びの必要があるのです。

「偉大なもの」

偉大なもの、力のあるものが神様です。
ですから、弟子たちが手を置くことによって自分の支配下になるシモンのたくらみは、当然湧いてくるのだと思うのです。

先日見ていたテレビに、友達の病は治っても、お連れ合いさんの病が癒えないという状態に陥った方について放映されていました。
彼は神に祈ってもかなえてくれないことに関し、神様から遠くなっていくのを感じました。
最後に、お連れ合いさんは亡くなってしまいます。
完全に彼の手から奪われてしまったのです。

その時、彼は奪う神と奪われる神を知りました。

これが普通ならば喜んだら眉を顰められるような状況の中で、彼は初めてそのことに気づいたのです。
そしてこれが、フィリポにサマリア伝道の中での垣間見える福音の証なのです。

私たちは神様に条件を付けて祈ってしまいます。
でも、いくら祈っても、祈れば祈るほど自分に欲しい物などがどんどん遠くなってしまうものです。
そんな時、「祈ってどうするんだ」「自分の信仰が足りないのか」と思ってしまいます。
でも、神様から遠くなっていく自分に、キリストの十字架があるのです。

今日は、使徒言行録の中で「福音とは何なのか」をしっかりと学び取っていただけたら、私自身も学び取れればと思います。

イエスとは何なのでしょうか? 
福音とは?
聖霊とは?

魔術師のように、偉大な人物に評価されるような、自分の権威を誇示したがるものから解放されるとき、本当に福音が私たちの喜びになるのだ。

このことを覚えていたいものです。


















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